2023.03.14

【対談録】KIT上野教授が語るサプライチェーンマネジメントの未来

日本企業はサプライチェーン・マネジメント(SCM)における、販売計画を基準に製販一体の計画立案という壁の前で2000年から立ち止まったままです。システムさえ導入すれば解決できると楽観視していた企業が軒並み挫折し、今ではSCMは大企業がコンサルと大規模プロジェクトで推進しなければ成果が出ないと考えられている方が多いのではないでしょうか。では多くの企業はこの先SCMとどう向き合えばいいのか。

2022年12月7日にグロービス経営大学院で開催したセミナーで金沢工業虎ノ門大学院教授、上野善信氏をお迎えし、企業がDXに踏み出すための思考や方法論を伺いました。
セミナーの内容を記事にまとめましたのでぜひご一読ください。

|登壇者

金沢工業虎ノ門大学院 教授 上野 善信 氏

東京大工学部卒。UCバークレー大学院修了(OR)、MITスローン大学院(MOT)修了。
東京大学工学系研究科(技術経営戦略学)博士(工学)。
新日本製鉄(現日本製鉄)、ベンチャー企業創業、アサガミ取締役経営企画部長、外資系コンサルティング会社日本法人社長などを経て、バリューグリッド研究所を設立。
金沢工業虎ノ門大学院 MBAプログラム教授。

ザイオネックス株式会社 SCM事業部 事業部長 前原 秀人

早稲田大学理工学部卒。
日本ユニシス株式会社(現BIPROGY)にて業務システム構築プロジェクトに従事。
その後、株式会社クニエ、株式会社ベイカレント・コンサルティングにて業務改革コンサルティングに従事したのち、株式会社コーチ・エィにてビジネスリーダー自身の変革と企業のパフォーマンス向上のための組織変革プロジェクトを支援。
現在、ザイオネックスにてSCM民主化のためのサービス構築に取り組む。

SCMとDXと日本企業の危うい関係

前原
ザイオネックス前原です。本日はどうぞよろしくお願いいたします。
「サプライチェーンマネジメントの未来」と題していますが、この先の日本企業がSCMとどう向き合えばいいのか、企業がDXに踏み出すためにはどうしたら良いか、こういったお話をお伺いしたいと思っています。

早速ですが、SCM自体は2000年前後に既に日本でもブームを迎えたと記憶しています。多くの企業が取り組んだテーマですが、それから既に20年が経っています。 一方で、今度はDXがブームになってきていると私も感じていますが、上野先生から見たこの20年、日本のこれからの取り組みはどのように見えていらっしゃいますか。

上野教授
上野です。よろしくお願いいたします。

この20年をサプライチェーンマネジメントの技術面から見ると、情報の流れから物の流れをきれいに整えるっていうところ、ここが1段落して仕組みとしてうまくできているような気がいたします。

サプライチェーンマネジメントは、最終的にはどうやってキャッシュフローを改善するかという取り組みです。ですからモノの流れだけに留まらず、 2010年ぐらいからS&OPというような考え方が出てきました。直接お金の流れまで手を突っ込んで改善する取り組みが進んで、技術としては実現されているかなと思います。

海外ではそういったものを実装している企業も多いですが、片や日本の現状見ると、実はほとんど20年間、足踏み状態という感じがします。具体的に言うと、モノの流れを変えるときに、企業や機能をまたがって改善しなきゃいけないところが、どうしても進んでいないというような感じです。 さらに、DXという文脈で言いますと、ちょっと前だとインダストリー4.0だとかIoTだとかいろんなバズワードが出てきましたが、それらに対して日本企業はどちらかというと後ろ向きだと感じます。ものづくりを頑張りますといった、DXとちょっと違う方向を向いてしまっているような感じというか、危惧すらしているのが私の認識です。

Amazonの返品手順から考えるDXの要素

前原
私も全く同感で、今回のこのパンデミックで、日本はショック療法的にデジタル化というのはかなり進んだかなと思います。
一方で今の経営者の方々に、じゃああなたの会社のDXは進んでいますか、うまくいっていますかと聞いたら、どれぐらいの人がYESって答えられるのかなというのも疑問に思っています。そういった意味では、そもそもこのDXというものはどういったものなのでしょうか。

上野教授
そうですね、実は色んなところでDXってあんまり定義をしないで使っているようなイメージがあります。先日、私がAmazonで物を返品した時に非常にうまくできていて感心したので実例を一つご紹介します。

まずモノを返品したいと思ったと仮定して、Amazonの購入履歴の画面を開きます。返品と選んで理由を入れると、次にヤマトの引き取りに進みます。送り状も印刷しなくてよくて、日時の指定だけすれば良いです。そうすれば自動的に集荷に来てくれて、送り状も持ってきてくれます。返金はどうするかというとカードに返金と選ぶだけです。返品返金がほとんどシームレスに数クリックで実現されている訳ですね。

DXの要素

スライドの左の絵が今の話を図にしたものです。その裏で実は中で何が起こっているかというと右の絵、まずは各社のヤマトの返送や店舗の返品、カード会社の返金といったさまざまな処理がモジュール化されているのがイメージですね。その上でモジュールがお客さんとくっついています。Amazonが何をやっているかというと、それらを統合するプラットフォームを提供しています。さらにもう少し言うとビジネスモデルをつくっているわけです。

登場人物を整理すると、モジュールを作っている人とプラットフォームを作っている人と、その全体のビジネスモデルでまとめている人と、こんなイメージで整理できるかなと思います。

大事なことは最終的にお客さんに対して単にくっついているだけじゃなくて、新たな価値を提供しているってことですよね。 で他方、じゃあ世間でDXって言った時にどういう整理の仕方があるか。

提供先と業務の2軸から見るDXの分類とステップ

DXの分類

上野教授
これはアビームさんの資料をお借りしてきたものですが、軸が2つあります。
縦は改善やDXと言われるものが自社に留まるのかお客さんにリーチするのかという軸です。横は、その改革みたいなものが既存の組織の中に留まっているのか、さらに組織をまたがって、あるいは全く新しい取り組みをしているかという軸です。

そうすると先程のAmazonの自動化、各社の返品返金の手続きっていうのは左下になるわけですが、これがみんなくっついて新たな価値を提供すると右上の方に行きます。

既存のやり方もすごく改革していますし、その価値を提供する先いっていうのが一般の消費者になるという点で、段々右上にいくわけですね。 なので、DXは実は色んなレベルの取り組みがあって、左下のような自動化とかAI化っていうのは、これも当然DXのパーツですし、それらを統合して右の上に行きます。その動きもDXであり、色んな見方があるのはその通りかなと思っております。

デジタル化でイノベーションを加速させるDX

前原
DXの起点自体は左下にあって、そこからどういったターゲットにDXで何を提供するかっていうことが非常に大切なのだなと思いました。
この右側へのイノベーションを起こしていく、右上に持っていくとなると、例えばですが、デジタルに頼らずに人とのコミュニケーションや異文化同士の融合といったものでイノベーションが起こる機会っていうのはあると思います。そうした意味ではDXが起こすイノベーションというのはどういったものなのでしょうか。

イノベーションの仕組み_SECIモデル

上野教授
極めて有名なSECIプロセスですね。イノベーションのプロセスと言われるものです。
これは野中先生の大発明というかすごいプロセスだと思いますが、前原さんのご質問ご指摘があったとおり、別にDXってやる前からイノベーションが起こっているわけじゃないとか、あるいは人と人が会えばイノベーションが起きるのではないかというのは、全くその通りだと思います。

ただ、人と人が会ってイノベーションが進むというのは、SECIプロセスで野中さんが随分前に表現したもので言うと、まさに右下の連結化というところですよね。いわゆる暗黙知なるものを表出化して形式知化して、それを人と人が持ち寄ってぶつけることで新たなイノベーションが起こるということです。

なので、その点は全く同じで例えば、特許情報を整理して研究したレポートがありますが、特許の出願者が社内だけではなくて、いろんなところで活動している人ほど発明の件数が多いというレポートもあります。
即ち、やはり人と人が会うことで、イノベーションが進むということは間違いないですね。

じゃあDXは何が違うかというと、今まで人と人が会って話さないと進まなかったものがデジタル同士で会話して進むと、人を介さないでものすごいスピードでイノベーションが進む。これが1回転するごとに新たな形式知と形式知がぶつかってイノベーションが起こる。このプロセスの回るスピードがものすごく速くなっているというのが、DXの捉え方でよろしいのではないかと思います。

前原
私はこの人と人との関わりとか、発想の融合が起こすイノベーションとDXを生み出すイノベーションは、全く別物なのかと思っていたのですが、DXはその従来のイノベーションを加速度的に創造、創出を加速させるものという考え方ですね。

上野教授
はい、そのような考えでいいと思います。

暗黙知を形式知に変えることがDX推進のカギ

前原
製造業のことを語るときに、似たようなモデルとしてPDCAサイクルっていうものがあると思います。野中先生も仰っていたのですが、PDCAのサイクルというのはプランを起点にして始まるもので、プランは形式知であり、形式知から始まるところにイノベーションというのはなかなか起こりづらいのではないかというようなことを仰っていました。
どちらかというと重要なのは、その人の持っている潜在能力、暗黙知にあるという話だったのですが。

上野教授
いやその話を聞いてすごいなって、さすが何か私なんかが言うのも僭越ですが、すごいなと思います。
プランというのは見込みが立つとか、スケジュールがわかるとかがあって、だから計画ができるわけですよね。それではイノベーションが進まないっていうのは、ものすごい指摘かなというふうに思いました。そうすると形式知になる前の暗黙知というものの重要性が当然出てくるわけですが、ちょっと私は暗黙知という言葉が何かこう神秘的な素晴らしいものみたいな捉え方があると危惧しています。

例えばうちの技術はAIなんかでできませんと暗黙知がありますと言われたとします。でもそれって決していいことでも何でもなくて、別の言葉で言うと、理由は分かりませんが何故か上手くできています、と白状しているようなものです。

なのでやっぱりこの暗黙知をそのままにするのではなく、暗黙知を形式知にして組織としてレバレッジできる、一部の人だけがやったものが組織としてちゃんと使えるようにするということが本当に極めて重要で、かつそれがないとイノベーションがDXに進まないという風になると理解しています。

価値の提供先と業務の種類

前原
そうすると先程のSECIモデルでいうと右下のAmazonプラットフォームの例は、非常にいい参考になると思いましたが、DXによるイノベーションというのは形式知があってこそということになり、デジタライゼーションができてないとデジタルイノベーション起こりにくいのかなと思います。
なので暗黙知から形式知に変えるのがまずは先決ということでしょうか。

上野教授
全くその通りです。とりあえずまだ形式知にはなっていませんが何かあれば声をかけてくださいと言う人にはDXを進めている人はそもそも声をかけません。
なので何があるか分からないからDXが進まない、形式知化できないというのではなくて、あるものを形式知化して、じゃあ今私たちは何を持っていますよ、どういうパーツがありますよということをオープンにしないことには全くDXは進まないと思います。

形式知と形式知の結合がもたらすイノベーション

先程の4象限で説明すると、左下ですね。これは例えば返品プロセスや回収といったノウハウをパッケージ化したもの、それに関わる暗黙知、というと大げさかもしれませんが、それを形式知化したものです。左上は何かというと顧客の知識ニーズや、なかなか分からなかったものをAIで解析しますと、これも実はニーズという暗黙知を形式知化したものです。

そして、この右の方で何をやったかというと、形式知と形式知をAmazonのプラットフォーム上でくっつけました。ここでまさにそのそれぞれのパーツが一つになって新しい価値を生み出したわけです。なので、左側の方をなるべく進めて準備しておくことで右側のイノベーション、DXを進める準備をしておくということが大事だと思います。

AIへ期待すべきことの誤解と2つのポイント

前原
何も準備していないと、もう本当に淘汰されて厳しい世界になっていくのだなということを痛感します。先程先生も仰っていましたが日本の場合、職人の領域や背中を見て育てといった聖域としての暗黙知というのが大切にされている、私は文化のような感じ方をしています。その最初のステップとして暗黙知を形式知に変換するのは非常に難しいと思っていますがいかがでしょうか。

上野教授
そうですね、確かに簡単ではないし、そのままにしておいた方が楽ですが、そのままにしておくとそもそも跡継ぎがいなくなって会社が雲散霧消してしまうわけですね。
今、2022年でこういったことを議論していますが、実は私が製鉄会社にいた1990年頃からそういったことはずっと議論しておりました。製鉄プロセスの達人みたいな人がいて、そのノウハウをどうやってAI化するかということをずっと研究していました。なので、本当に昔からの課題ですよね。

AIへの期待値

ちょっとこんな絵があります。どこから暗黙知を形式知化していくかというときにヒントがありまして、向かって左側ですね、仕事をする上でしょっちゅう起こるようなこと、何かしら登場頻度が多い作業だと思ってください。そういったことは既に整理されているので形式知化されており、段々仕事の頻度が減ってきます。図の縦軸が100点満点だとすると、段々点数が下がっていますね。

代わりによく分からない、整理できない仕事が増えてきます。そこをAIが期待されていて、この知的システムが整理できるできないの限界みたいなところを押し上げることを期待されています。ここで一つ間違っているなと思うのは100点主義みたいなものがあると、100点にならなかったところを100点にすることを期待する人が多いですが、仕事も変わるので永遠に100点を維持することは不可能ですね。

なので、そういったことを期待するよりも、やっぱりこの100点主義を減らすことで、システム化の対応領域、あるいは形式知と呼ばれる形にする難易度を下げることがすごく大事だと思います。

あともう一つが標準化することでなかなか登場しないような業務をなるべく減らして左側に寄せていく動きが大事です。標準化という動きと、脱100点主義のこの2つをやらずにいつまでも100点を目指していたら、AIも役に立たないと言われてしまいますよね。この辺がすごく大きな課題でクリアしなきゃいけないとこだと思っております。

日本の間違った標準化への認識

前原
何となく日本人の中にある意識の改革も必要なのかなと思いますが、製造業だとこの標準化というのは非常に得意とされているところで、ルーティン化された業務もかなりあると思います。その標準化って日本の製造業では得意領域に思えますが、そこをどうにかした方がいいということでしょうか。

上野教授
日本の標準化ってあくまで社内の標準化で、標準化というよりルール化、あるいはもっとこう悪い言葉で言えばこだわりです。そしてそれが業界として標準化されているかというと全く心もとない状況です。

元々、日本は終身雇用みたいな考え方から人材の流動性が低いから、仕事の標準化が企業をまたがって進まない、みたいなことを言われますよね。ただそこをまず打破しなければなりません。その上でCooperationとCompetitionの2つの「きょうそう」という意味がよく言われますが、そういった企業がシステムか何かを使って標準化して、その便益を得るための取り組みとしては、やっぱり業務を標準化することが大事です。

システムを活用するということはまさにCooperationです。その上で自社の強みでCompetitionするという風にせず、全部自前にこだわると、先程の100点主義でも通じる話ですが、本当に無駄なところにエネルギーを使ってしまうと思っています。

100年前も今も変わらない生産性のジレンマ

前原
やっぱり製造業のDXの難しさが少しずつ見えてきたと思いますが、じゃあこの先製造業はどうやってこのDXの難しさを乗り越えて、さらにはSCMに取り組んでいくべきだとお考えでしょうか。

上野教授
そうですね。本当にできないばかり言っていてもしょうがないので、どうすればできるかという話をしましょう。
どうして今うまくいってないのかとちょっと考えてみたいと思います。

生産性のジレンマ

これは生産性のジレンマという極めて有名なチャートです。これが何を示しているかというと、製品のイノベーションがひと段落して、製品の形が固まると工程のイノベーションが進むという、ある意味当たり前のことを言っています。

代表的な例が皆さんよくご存じのT型フォードと言われる、1900年代からなんと30年に渡って1,500万台同じ車を作りました。しかも色は黒だけで、ものすごく生産性がアップしてどうなったかというと、世間でインフレが進んでいた中、発売当初の値段から1/3までに下がりました。極端な垂直統合モデルで鉄鉱石を入れると中に製鉄所まであって車が出てくるというモデルです。
でもその代わり30年の間に競合が新しい車をリリースして、じゃあ自分たちもニューモデルを出そうと思った時に、工程を変えるのに1年かかったという逸話が残っています。

ここで何を言っているかというと、製品サービスのイノベーションがひと段落した後、工程、組織のイノベーションが生じるということなのですが、逆に捉えると過度に効率化された工程や組織だと製品サービスのイノベーションをむしろ阻害するということです。

これは100年前の話ですが、今も現実に起きていて、今や100万台を生産する自動車メーカーとなったテスラとマツダは大体規模は同じです。そんな中マツダが最近電気自動車に関して方針を改めて電気自動車比率を高めますと発信しました。しかしそのほんの1ヶ月後くらいに、とはいえEV用にサプライチェーンを再構築するのに10年単位の時間がかかりますと発信しました。

どういうことかというと、テスラは2006年に一番初めのモデルをリリースして、10年かけて死に物狂いで新しいサプライチェーンを作って100万台のメーカーになったわけですね。だから確かにマツダがサプライチェーンを再構築するのに10数年かかるのはかかると思います。

でもまさにこの具体例ですよね。今のサプライチェーンや効率化されや組織が足かせになって再構築に新参者と同じくらい時間がかかってしまうと言っているわけですね。でもその頃テスラはもっと先に行ってしまっているという話です。

こういった例は実はEVばかりではなくて、デジタルオーディオのワイヤレスオーディオでSonosというメーカーがあるのですが、面白いメーカーでして何が面白いかというとストリーミング音源だけのデジタルオーディオです。さらにこの会社はなんとアナログオーディオを一切作ったことが無く、はじめからiPhoneでオペレーションすることを前提に設計しています。でもこれを後で日本の家電メーカーが競争しようと思っても、なかなか追いつけないくらいに先に行ってしまっているという状態になっています。

構造改革から見るSCMとDX

前原
やっぱり製造業の行なってきた製造工程や業務プロセスの標準化と言えないような標準化でしたが、そういったことがDXの硬直化を阻む壁になっていると感じますね。
そうすると今、SCMというのは製造業にとっての強靭化としての経営命題だと思いますが、SCMとそのDXの関係性についてはどう思われますか。

SCMtとDX

上野教授
そうですね、SCMがまさにモノやサービスを届ける仕組みを最適化していこうということですが、実はDXはその周りにある話で、SCMがサプライチェーンの構造改革だとしたら、DXはバリューチェーンの構造改革そのものですよね。そこでどんな価値を届けるか、企業を超えてもう一回シャッフルして考えようとなると難易度がSCMの何十倍もあるような認識をしています。

大きなチャンスを見逃さないためのAIとの向き合い方

前原
ありがとうございます。もう一つSCM領域でのDXでいうと、AIによる需要予測ですね。最適化エンジンや数理計画というのも強調されていると思います。私達もそういったサービスを提供していますが、そういった知的ITと人間の関わり方というのはどうあるべきでしょうか。

上野教授
はい、2点あります。まず1点目は先程の脱100点主義と標準化です。これはもう間違いなく進めないと全く進まないということですね。

そして2点目に入る前に、需要予測にしても数理計画による最適化によるサプライチェーンの取り組みって実は10数年前からやっていてあまり目新しくないです。何が変わったかというと、その手段がAIと呼ばれる手法に変わっただけで、実際どうやって使っていくかというところは結構似ていると感じています。

その時の注意が2つありまして、一つは従来の最適化手法にしてもAIにしてもそうなのですが、思ってもない答えがたまに出てきます。
何故こんな答えが出たのか、これをどう捉えるかが実はすごく大事です。思ってもない答えが出ると製造業やサプライチェーンだと組織が回らなくなるので、色々な制約条件を加えて、思った通りの答えになるように誘導していきます。ただそうすると結局、少しの改善くらいの取り組みになってしまいます。

AIと人の付き合い方

でもその思ってもない結果が出たときは実は面白いことが起きていて、例えばホンダのジェット機みたいに何故あんなところにエンジンをつけるのかという話があります。彼らはAIを使って試したわけじゃないですが、こういった突拍子もない案が出てきたときに破棄してしまうのではなく、普段の仕事では取り込めないかもれないけど、構造改革や組織の改革、あるいは自分たちのモノの作り方自体を見直すチャンスになると思います。

なので、やはりAIに100点を求めるのではなく、たまには変なことや思ってもないことをするものとして付き合っていくというのがすごく大事かなと。

SCMを推進するために必要な能力

前原
私も飛行機が好きなのでこのエンジンの形を見た時は、えって思いましたが、もう結果として大成功でしたね。
もっとたくさん聞きたいことがありましたが、あと2つ程お伺いしたいと思います。
サプライチェーンの取り組みは利害関係者が非常に多くいて組織を超えた業務再構築になってくると思います。このような取り組みを推進できるリーダーというのはどういった人でしょうか。

上野教授
それはもうディスラプターみたいな人がいればできるのでしょうが、そもそもやはりこの日本のサラリーマン組織の中で、自分たちの組織をぶっ壊す人が出てくるかというとなかなか難しいと思います。
では中間層の人でそういったことができるかというと、先程のフォードの話の通りです。やはり既存組織や事業にくっついていると、何をやっても全部足かせになってしまいます。組織も人事評価の方法にしても全てが足かせです。新しい取り組みをしようとするのは全部効率を悪くする方法ですので、既存ビジネスからなるべく自由でかつ既存事業に影響力のある人がリーダーになると思います。ものすごく難しい条件ですし、果たしてそんな人がいるのかということになりますが、この2つが必要になると思っています。

ワークマンに学ぶ新たなビジネスモデルへの取り組み方

ワークマンの好循環モデル

前原
ありがとうございます。
では最後1点ですが、先生がある記事の中で書かれていたある企業の市場で勝てている要因に関してお聞きしたいと思います。

優れた戦略と緻密なデータ分析による商品開発や需要予測、あるいは徹底的な標準化や多頻度配送といった卓越したオペレーションを備えているのはわかります。ただ、確かにそれもその通りだけれども、他社が到底真似できない本当の強みを持っていると書かれているのを拝見しました。

地味だけれども他社が容易に追いつけない自社の能力に気づくこと、さらにはそれを新たな収益源にしようと考え、動くこと。つまり自社の能力に気づいて最大限活用する戦略の実行が最大の要因だと聞くと、日本の製造業にその可能性を秘めた企業は実は多いのではないでしょうか。

上野教授
そうですね。このある企業はワークマンですが、数字は2010年と10年後の2020年を並べています。企業の売上として2倍になっていて、ポイントはいわゆるワークマン女子のようなカジュアルウェアの売上比率が増えていることですね。9.2%から13%に増えています。

それとこれと同じくらい大事なことがワーキングウェアの比率が決して下がっていないということです。だから成長を牽引したのは、ワーキング女子が目立つけどそうではなく企業全体として大きくなっています。

その中でワークマン女子がどういう働きをしたかというと、そこに新しい人を取り込んで、でもその人たちが既存のアパレル作業着でも十分安くて丈夫でいいじゃないかと認識して、そこにまたお客さんが流れました。だけどこのビジネスを可能にしたのはそういった安くて品質の高いものちゃんと作る技術があったから、そこに洒落っ気を入れてワークマン女子ができたわけです。これは新参の新しく入ってきた企業にはなかなかできない領域ですよね。

なので日本の企業としてやるべきことというのは、今ある底力というものを大事にしたうえで、じゃあ新しいことをちゃんとやってみる、そこにお客さんが還流していくようなモデルをどうやって作れるかということになるかと思います。

前原
上野先生ありがとうございました。
製造業のDX、SCMの取り組みは非常に難しいということも理解できましたが、だからこそ乗り越えた先に多くの可能性を感じました。本日は上野先生貴重なご講演ありがとうございました。

上野教授
ありがとうございました。

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